善悪の字しりがおは
おおそらごとのかたちなり 親鸞聖人『正像末和讃』

私の思い込みを振りかざし、娘や妻のこころを深く傷つけていたことに気づかされたとき、このご和讃を思い出しました。

 

作家の高史明さんは、中学生の息子さんを自死で失くされた体験から生まれた著作『「ことばの知恵」を超えて―同行三人』(新泉社)に、このご和讃を引かれ、人間中心の知恵の闇を語ってあります。私は自分の「ことばの知恵」に酔い、のぼせていたことを、身近な人の笑顔が消えたことで知らされたのでした。

 

人間は多かれ少なかれ言葉の知恵を善として優劣を競い、より快適な生き方を求めることが正しいと考えていると思います。

 

けれども自分の言葉の知恵を疑うことなしに正しいこととして「しりがお」で世界に立った時、目の前の存在は「いのち」ではなく、上か下か、役に立つか、立たないかという「優劣・損得」でしか見えなくなるのでしょう。

 

そして自分は間違っていないという傲慢な態度を日常化させた生き方が「おおそらごとのかたち」であり、そこからは空しさと苦しみしか生まれないと親鸞聖人は言われていると思います。

 

今、インターネットやSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を開けば、「しりがお」の言葉に簡単に出会います。その言葉は、私の「ことばの知恵」から出たものと変わらず、一方的に誰かを傷つけているのではないのでしょうか。

 

私が大切な人に与えた「悲しみ」はふいに顔を出し、胸を締め付けます。傷つけた事実は消えませんし、それは私の闇をこれからもあぶりだすでしょう。その闇を誤魔化すことなく引き受けなければ、親鸞聖人のみ教えが私の生活の中ではたらくことはないのだと思います。

(文/藤井 一成)

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