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今月の言葉

今月の言葉4

仏法はこれから聞くのではない。 「今すでに」聞いている。もうすでに聞き終わっている。 仏法は寺の本堂にあるのでもなく、山の上にあるのでもなく、毎日の生活の中にあった。 私の人生がすでに仏法の中にあった。 法を聞き、ああ、なるほどほんとうにそうだなと思えるというのは、今まで形が見えなかっただけで確かにそこにあったものが、光に照らされてくっきりと浮かび上がってきたということなのではなかろうかと思う。 その衝撃と驚きと喜びと。 我を照らしだす光がある。 「三帰依文」より (文/島 充)

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今月の言葉

今月の言葉3

人間に生まれて50年、これまで何度かとんでもない失敗をやらかしてきた。 その度「今度こそ立ち直れん。オレなんか存在する価値ない。」と凹んだ。 そんなときに、再び立ち上がる勇気を与えてくれたのがこの言葉。 かつて大谷専修学院で学院長を務められた信国淳先生は「いのち みな生きらるべし」と語られた。 通じるものを感じます。 油屋 熊八 今や世界的温泉都市、大分県別府市の観光開発に尽力し、湯布院の礎を築いた実業家。クリスチャン。 「別府亀の井ホテル」創業者。 今回ご紹介した言葉は、出典がはっきりしないが、一説によると油屋 熊八の言葉と伝えられてい

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今月の言葉

今月の言葉2

はじめてこの言葉を聞いた時、ガツンとやられた気がした。 居て当たり前、やって当たり前、出来て当たり前。 普段そんなふうに家族を見ている私に、卯平さんの言葉が突き刺さる。 「あんた、何様?」 私が本尊と仰ぐ阿弥陀さまは、生きとし生けるものすべてを救うと誓って仏さまになられた。 もちろん私の目の前の方もそのひとり。それを見下すとはあんた何様ですか?と。 感謝の気持ちが微塵もない自己中な私。穴がなくても掘って入りたい気分です (ToT)/~~~ 高橋 卯平 北海道士別の農家の人。宮城県で代々「念仏高橋」と呼ばれた家に生まれる。 今回ご

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今月の言葉

今月の言葉1

石牟礼さんが子どものころの水俣では、人が死ぬと、「無常の使い」と呼ばれる使者が縁者の家を回ったという。 「お果てになりました」「仏さまになられました」と口上をおろそかにしてはならない。 男も女も仕事を休んで葬儀の準備を行い、子供たちには「無常のごちそう」がふるまわれた。 家族だけでなく、村の共同体すべてが葬儀に参加し、つかの間の生死の共同体を共にしていた時代。 「死者たちは生者たちに、おのが生命の終わりを餞に残して逝くのである。葬儀はその絆を形にしたものだった」。 石牟礼さんは90歳の生涯を尽くされ、2018年2月にお果てになった。死者の言葉として今、生きてはたら

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