MONTHLY

今月の言葉

2019年2月

はじめてこの言葉を聞いた時、ガツンとやられた気がした。 居て当たり前、やって当たり前、出来て当たり前。 普段そんなふうに家族を見ている私に、卯平さんの言葉が突き刺さる。 「あんた、何様?」 私が本尊と仰ぐ阿弥陀さまは、生きとし生けるものすべてを救うと誓って仏さまになられた。 もちろん私の目の前の方もそのひとり。それを見下すとはあんた何様ですか?と。 感謝の気持ちが微塵もない自己中な私。穴がなくても掘って入りたい気分です (ToT)/~~~ 高橋 卯平 北海道士別の農家の人。宮城県で代々「念仏高橋」と呼ばれた家に生まれる。 今回ご

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MONTHLY

今月の言葉

2019年1月

石牟礼さんが子どものころの水俣では、人が死ぬと、「無常の使い」と呼ばれる使者が縁者の家を回ったという。 「お果てになりました」「仏さまになられました」と口上をおろそかにしてはならない。 男も女も仕事を休んで葬儀の準備を行い、子供たちには「無常のごちそう」がふるまわれた。 家族だけでなく、村の共同体すべてが葬儀に参加し、つかの間の生死の共同体を共にしていた時代。 「死者たちは生者たちに、おのが生命の終わりを餞に残して逝くのである。葬儀はその絆を形にしたものだった」。 石牟礼さんは90歳の生涯を尽くされ、2018年2月にお果てになった。死者の言葉として今、生きてはたら

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